列王記上22章 主のご計画の下での出来事


「そのとき、ある一人の兵士が何気なく弓を引くと、イスラエルの王の胸当てと草摺の間を射抜いた。」列王記第一22:34

助産師永原のちょっと一言
北王国のアハブの最期が書かれています。南王国のヨシャファトは南北分裂後初めて北王国と友好関係を持った王ですが、アハブはヨシュアファトの訪問に力を得て、ヨシュアファトと共にアラムとの戦いを決行します。しかし預言者ミカヤの言葉が気になったのか、王である事を隠して戦いに出ました。それにも関わらず、王は何気なく射った兵士の矢にあたってしまい、預言通り戦死します。犬が彼の血をなめるというのも預言どおりのことが起ったわけです。
予言通りのことが起こったとしても、「いや、それはたまたま偶然起こったことだ」と言う人もいるでしょう。偶然か主の御心とみるかが大切なことだと思います。よく思うことなのですが、何かが起った時、御心だと直感できるのでは 本当にそのことを主に祈っている者だからではなのではないかと思うのです。数日前も、気になる人のことを思いつつ自動車を走らせていると、偶然珍しくその人を見かけ、帰ってみるとそれに関係する郵便物(それも珍しい)が届いていたということがありました。偶然といえば確かにそうですが、祈っている者には単なる偶然とは思えません。偶然起こったことではなく、主のご支配、ご配慮の下での出来事であれば、どんなことでも本当に感謝です。

聖書要約
預言者ミカヤとアハブ王の死
アラムとイスラエルの間には戦争が絶えませんでした。イスラエルの王アハブはアラムからラモト・ギレアドを取り返すために、イスラエルにやってきたユダの王ヨシャファトに、一緒に戦ってくれるように頼みました。ヨシャファトは「一緒に戦いましょう。しかしその前に主の言葉を求めください」と言いました。
イスラエルの約400人の預言者が集められました。彼らはアハブ王の勝利を預言しました。ヨシャファトは他に問うべき預言者はいないか尋ねますと、アハブ王は「自分の災いばかりを預言するミカヤがいる」と言います。そこでミカヤが連れて来られたのですが、他の預言者を同じように預言せよと言われていたので、最初はそのように言いました。しかしミカヤのうそを見抜いたアハブ王から「主の言葉だけを預言するように」と言われて、次に「イスラエル人が皆羊飼いのない羊のように山々に散っている。彼らには主人がいない」と、戦いの敗北と王の死の預言をしたのです。また預言者が口を揃えて戦いの勝利を預言したのは、主の定められたことで偽りの預言をする霊を主がおかれたのだと言いました。王はミカヤの預言を聞き入れないばかりか、ミカヤを王が帰ってくるまで牢屋に入れて、わずかな食べ物で生かしておくように命じて戦いに出かけました。その時王は王と分からないように変装して出かけました。ユダの王ヨシャファトは王の服装で戦うようにアハブは言いました。戦いが始まりましたが、アラムの兵士はアハブ王だけを狙うように命じられていたので、まずは王の服装をしたヨシャファトが狙われました。しかしヨシャファトが名乗りを上げたので、すぐにアハブでないことが分かりました。ところが一人の兵士が何気なく引いた矢がアハブの鎧の間を射抜きアハブは致命傷を負ったのです。激しい戦いの末、夕暮れに王は息絶えました。サマリアの池で戦車を洗うと、犬がその血をなめ、遊女たちがそこで身を洗いました。
ユダの王ヨシャファト
アサの子ヨシャファトは父アサ同様、主に従う正しい王でした。しかし聖なる高台を取り除く事はしませんでした。ヨシャファトの死後、その子ヨラムが王となりました。
イスラエルの王アハズヤ
アハブの死後、その子アハズヤが王となりました。アハズヤは主に従わず主の怒りを招きました。