ヨブ記6章 絶望している友には忠実な心で

「絶望している者にこそ友は忠実であるべきだ。」6:14

くぅ~ママのちょっと一言
ヨブは今の自分の苦痛がどれほど辛いか分かってほしいと訴え、今こそ真の友であってほしいと願っています。そして私は神の前に悪いことをしていない。潔白であることを理解してほしいと。確かに主もサタンに「地上に彼ほど人格者で神を畏れ、悪を避けて生きている者はない」と言われるほどです。しかし人間の正しさは神の潔さの前ではまったく意味をなさないのです。自分が正しいと思って生きることほど、しんどいことはないと思います。そしてそれは傲慢に他なりません。私たちが主のみ前で、肩の力を抜いて、謙るときにこそ本当に解放された平安な人生が始まるのだと思います。

聖書要約
ヨブは答えて言いました。
「私の悲しみと苦痛を秤にかけたら海辺の砂を千倍にしたような重さです。私は言葉を失うほどです。神が私を狙い撃ちにして矢を放たれた。神は次から次へと私を脅かされたので、私は生きることも嫌悪します。神よ、もう私を死なせてください。拷問のようなこの状況の中でも唯一の慰めは、私は一度も神の言葉を拒まなかったことです。しかしその私の忍耐ももう限界です。気落ちした友には心のつながりが必要です。それなのに友は私を容赦なく責め立てるばかりです。それはまるで主を畏れない者のようです。川の水をあてにして脇道した隊商が水にありつけないように、私も期待を裏切られました。私がいったいどんな悪いことをしたというのでしょう。分からせてほしい。私がうそをつくような人間に見えますか。私は潔白です。私は善悪の区別ぐらい分かります。