イザヤ書13章 バビロンへの主の裁き


「わたしは、世界をその悪のゆえに罰し、悪しき者をその咎のゆえに罰する。」イザヤ書13:11

くぅ~ママのちょっと一言
イザヤはバビロン帝国の滅亡の様子を幻で見ます。しかしこの幻を見たのはバビロン滅亡の200年前、バビロンが台頭する前であり、アッシリアが世界に君臨しようとする時でした。これはバビロンの滅亡を見た別の人が書いたものとの考えもあるようですが、実際バビロン帝国がペルシャのクロス王によって無血降参をするので、幻のような惨事はありませんでした。
「主の日」と言う言葉が出てきますが、これは終末と言う意味でつかわれる時と、神が歴史に介入され、裁かれる時という意味でつかわれるっ時がありますが、この章の場合は後者です。
人類の歴史は人間の罪の歴史ですが、それを覆うように神の目が注がれていることはどんなに幸せなことでしょう。どんなに辛い状況の中でも希望の光を見ることが出来るのですから。

聖書要約
神さまがアモツの子イザヤに幻を通して語られたバビロン滅亡についての預言です。
バビロンを攻めのぼる敵軍の旗を見よ。権力者を弾圧しようと迫ってくる者たちに手を振れ。神である私は、私の怒りを招いた人たちを裁くためにこれらの勇士を招いていたのだ。軍隊が行進し、多くの兵が叫ぶ声で山々がどよめく。万軍の主によっての怒りを招いた国を滅ぼすために神の道具として召集されたのです。
恐怖におびえて泣き叫べ、主の日がくる。あまりの恐ろしさに勇者も力なくし苦しむ。産婦のように激しくもだえる。皆は絶望して顔を見合わせるが、青ざめた顔に移るのは町を焼き尽くす炎ばかりだ。
見よ、主の日が来る。神の怒りが、大地を滅ぼしつくし、罪人を根絶するために。星も太陽も月も光を放たない。
私は世界の悪、神に逆らう者の罪を裁くために、威張り散らす者、横柄な金持ちを踏みつける。私の怒りの日の後、生き残っている者はほんの一握りの者だけとなる。私の怒りのために大地も元の場所から移動する。
人々は追われるカモシカ、集める者のない羊のように逃げまどう。また故郷を目指して一目散に逃げ出しても見つけ出されて殺される。幼子に至るまで容赦はない。
私はカルディア人をバビロン人に敵対させる。ソドムとゴモラの町のように滅ぼされる。もはやそこには誰も住むことはできない。砂漠の野獣やダチョウの住処となりハイエナや山犬が宮殿を住みかとする。バビロンの寿命はあとわずかである。