使徒の働き11章 重荷を負いあう群れ


「弟子たちは、それぞれの力に応じて、ユダヤに住んでいる兄弟たちに救援の物を送ることに決めた。」使徒11:29

くぅ~ママのちょっと一言
カイサリアから帰って来たペテロをユダヤ人は避難しますが、その理由は、意外なことに異邦人に洗礼を施したということでなく、異邦人と一緒に食事を下ということでした。それほどユダヤ人が律法に対して厳格に生きていたのです。
しかし11章ではその異邦人のための教会が初めてアンティオケに建てられたことが記されています。アンティオキアの教会にとってはエルサレムの教会は母教会ということになります。その母教会が飢饉のために困難に直面した時に、アンティオケの人々はエルサレムの人々を救済しようと、立ち上がりました。8章でも書きましたが、教会員同士や教会の重荷を負いあう時、聖霊が働かれます。重荷を負い合い、祈り合うことで聖霊なる神の力を頂き、この世にあって主の愛を伝える者として力強く生きていきたいと思います。

聖書要約
グッドペテロ、エルサレムの教会に報告する
外国人も神を信じて洗礼を受けたと言う知らせはエルサレムにも伝わりました。ユダヤ人のクリスチャンたちはエルサレムに戻ったペテロを非難します。ペテロは身に起こった出来事(10章の出来事)を順序立てて語ったところ、それを聞いた人々は「神は異邦人にも命を与えてくださった」と神を讃美しました。
グッドアンティオキアの教会
ステファノの死後、各地に散らばされた弟子達が福音を広く伝えました。フェニキア、キプロス、アンティオキアなどにも伝道が拡大していきました。しかしそれはユダヤ人に限られていました。しかしアンティオキアではユダヤ人以外の人々にも主の教えが伝えられました。主がこの人々を助けられたので、多くの人が主を信じました。そのことがエルサレムに伝えられ、バルナバが遣わされるのですが、バルナバは主の恵みが与えられたことを知って喜びました。それからバルナバはタルソスにいったサウロを探し出し、一緒にアンティオキアで1年間伝道の働きをしました。このアンティオキアでキリスト者(クリスチャン)と呼ばれるようになったのです。
その頃預言する人々がエルサレムからアンティオキアに下っていったのですが、その一人のアガボが大飢饉の預言をしました。そして預言どおりエルサレムに飢饉が起こったときにアンティオキアの教会員一人ひとりが、能力に応じて救援のために立ち上がり、エルサレムの兄弟たちに支援の品をそろえ、バルナバとサウロに託して、エルサレムの長老に届けたのです。