申命記32章 そこにはいることはできない

「あなたは、わたしがイスラエルの子らに与えようとしている地を目の前に見るが、その地へ入って行くことはできない。」申命記32:52

助産師永原のちょっと一言
モーセの最後の教えです。モーセの指導者としての任務を終えるときが来たのです。そしてモーセの人生もこれが最期となりました。これほどまでに尽力したモーセですが、約束の地が見渡せるところに登り、その地を見渡した後、死を迎えるのです。せめて1歩でも約束の地に足を踏み入れることを許して欲しかったという思いがわいてきます。モーセ自身はどう思っていたのでしょうか。そしてもし私なら…と考えてしまいます。もし私の人生の主役が私と考えるなら、約束の地に入ってから、わたしの人生の幕が下ろされることを臨むでしょう。しかし私の人生の主役は私ではなく、神さまであるという視点に立つと、主のご計画の一部に参与させていただいたことで十分満足なのではないかという考えがわいてきます。また自分の人生を上手に完結しなくても、主が完結してくださると思うとなんだか肩の荷が下りるような気がします。

聖書要約
モーセの歌
モーセはイスラエルの全会衆に向かって語りました。「わたしの語る言葉を聞きなさい。主は岩、完全で正しく、真実な方。わたしたちは主によって救われたにも関わらず、主に背いて主の怒りを招きました。わたしたちは罰せられるしかありません。しかし主はわたしたちを憐れんでくださり、再び救いと祝福を回復してくださいます。
主が約束の地に招いてくださり、どんなに大切にして下さったかを思い出しなさい。作物、野蜜、油、凝乳、乳、脂身、小麦、ブドウなど良いものを与えてくださいました。しかし民は肥えるとかたくなになり、他の神々に犠牲を献げるようになったのです。主はそれをご覧になって怒られ、熱病、野獣、猛毒、剣などの災いを民に与えられました。主の祝福がなくなった有様はブドウは毒ぶどう、ぶどう酒は蛇の毒なのです。そこから助け出すのはほかならぬ、主なる神だけです。真の神のみが生かしもするし、殺しもできるのです。そして敵を滅ぼしてくださるのです。」
このことをモーセはヨシュアと共に語りました。
モーセの最後の勧告
モーセは民にこの言葉を子どもたちに教えなさいと言いました。神の言葉はむなしい言葉ではなく、あなた達のいのちそのものなのです。
ネボ山に登れ
その日のうちに主はモーセにネボ山に登るようにお命じになり言われました。「あなたはこの山で亡くなります。あなたは約束の地に入れないのです。それは主の命に背き民に神が聖であることを示さなかったからなのです。」