サムエル記第一21章 主の憐みに目を向けることこそ

「祭司は彼に、聖別されたパンを与えた。」サムエル記第一21:6

助産師永原のちょっと一言
ダビデの逃亡の旅です。しかしいつも共にいてくださる主をこの時、ダビデは認めていません。だからゴリアトの剣をもらって、「これに優るものはない」と言ったのでしょう。
ゴリアトとの戦いでは主がともにいてくださることを声たからかに証したダビデですが、ここではどうしたことでしょう。ガドでは狂人のふりをするほど不安に襲われています。
神さまは目には見えませんが、確かに共にいてくださることを確信する時に不安から解放されます。私たちの信仰の過程において、主があざやかに見えるときと、主の姿がぼやけてしまう時があるように思います。ぼやけた時には自分の力の頼ろうとし、益々主から離れてしまって、その結果不安が押し寄せてきます。大切な事はいつも信仰の目をクリアーにして主から目を離さないことです。

祭司、アヒメレクは聖別されたパンをダビデに与えたと書かれています。本来ならば聖別されたパンは祭司だけがいただけるものですが、これは主の憐みは律法を超えることを示しめしています。新約聖書においてイエスが安息日に麦の穂をつんで食べた弟子たちを弁護するために引用された箇所です。律法を超える慈愛に満ちた主のまなざしを感じながら、勇気をもってどんな困難にも立ち向かいたいと思います.

聖書要約
アヒメレクのもとでのダビデ

サウル王から逃れたダビデはノブの祭司アヒメレクの所に立ち寄りました。何事かと不安げに思う祭司に、ダビデは王の密使として来たと言います。そして食べ物を頂けないかと頼みます。普通のパンはなかったのですが、供え物の聖別されたパンはありました。アヒメレクはダビデに身の汚れがないか確かめた上でそのパンをダビデに差し出しました。その日そこにはサウルの家臣の一人が主の前に留められていました。またダビデは急な出発で武具を持って来ていないので、槍か剣が欲しいと頼みますと、アヒメレクはダビデ自身がゴリアトを討った時にゴリアトが持っていた剣ならあると差し出しました。ダビデは「それにまさるものはない。それを下さい」と言って剣を受け取ります。その日のうちにガドの王アキシュのところに来たダビデはアキシュを恐れて気が狂った人のふりをして、ひげによだれを垂らし、戸をかきむしったのです。王は家来になぜこのような者を歓待しないといけないのかと言いました。