エズラ記3章 「献げる心」

「そのため、喜びの叫び声と民の泣き声をだれも区別できなかった。」エズラ記3:13

くぅ~ママのちょっと一言
イスラエルの民がエルサレムを離れて70年、そこには他の国の人々が住み着いていたのでしょう。気を使いながら神への献げ物をしたことが書かれています。そのような中で神殿の基礎が完成したのです。民達は大きな喜びに包まれますが、かつてのソロモンの建てた神殿を知っている高齢の者たちは喜びの叫びではなく、その規模の小ささへの嘆きの叫びだったと記されています。しかし神は豪華な神殿が献げられることを望んではおらません。レプトン2枚(わずかな金額)でしたが、自分の生活の中から精一杯心をこめて献げたやもめの献金を主は喜ばれたことがマルコによる福音書12:41に書かれています。精一杯の喜びをもってお献げすることが大切なのだと思います。

聖書要約
礼拝の開始
第7の月に人々はエルサレムに集まり、祭壇を築きモーセの掟通りいけにえを献げました。彼らはその地の住民に恐れを抱きながらも、仮庵の祭りや朝夕の献げ物、安息日、新月の祭り、種々の祝祭日などを祝ったのです。それはまだ神殿の土台が出来る前のことでした。
彼らは神殿建築の準備も始めました。石工や大工を雇い、キュロス王の許可を得て、レバノンから杉を切り出してきました。
神殿の基礎
レビ人が現場監督にあたり、帰還してきた者たちは奉仕にあたりました。土台が完成した時、祭司は祭服を着てラッパやシンバルに合わせて「主は恵み深く、イスラエルに対する慈しみはとこしえに」と神を称えました。昔の神殿を知っている者たちは神殿の基礎を見て嘆きましたが、多くのものは喜びの叫びを上げました。その声が入り混じって民の声は遠くまで響きました。