ヨブ記4章 非がないのに苦しむことがあろうか

「罪のない人が滅ぼされ、正しい人が絶たれることがあるかどうか。」4:7

くぅ~ママのちょっと一言
エリファズはヨブに因果応報の理論を持ち出します。非がないのに苦しむのはありえないとヨブに非を認めさそうとします。また自分が主の臨在に触れて啓示を受けたことを披露します。非のない人は一人もいないと。
この身に起こった苦しみの原因は自分にあるので神に罰せられているという考え方では人は生きていく事はできません。新約聖書ヨハネ9章にあるイエスキリストの言葉。生まれつき目の見えない人に対して「本人が罪を犯したからでも、両親が罪を犯したからでもない。神の業がこの人に現れるためである」このみ言葉を知っていることはなんと幸いなことでしょう。

聖書要約
ヨブと3人の友の議論1
エリファズが話し始めました。
「あなたは多くの人を諭し、あなたの言葉は倒れる人を元気付けてきた。でもいざ自分の身におこるとおびえてしまう。神を畏れることがあなたの頼み、あなたの希望ではなかったのか。
考えてもみなさい。罪のない人が滅ぼされ、正しい人が絶たれることがあろうか。罪と争いの種を蒔く者が悩みを刈り取るということは、経験の教えるところだ。私が主から受けた啓示がある。それは「人が神より正しくありえようか。造り主より清くありえようか。御使いであっても過ちを犯す。まして人はなおさらだ。」