ヨブ記31章 歩みを数えておられる神

「私の歩みをすべて数えておられないだろうか。」ヨブ記31:4

くぅ~ママのちょっと一言
ヨブは12の罪について身の潔白を主に迫ります。
新約聖書のマタイ19章に金持ちの青年がイエス様に「先生、永遠の命を得るには、どんな善いことをすればよいのでしょうか」と尋ねたことが書かれています。掟(神の教え)を守りなさいといわれた青年は「そんなことはみな守っています」と答えます。するとイエスは「持ち物を売り払い貧しい人に施しなさい」と言われたのです。青年は悲しみながら立ち去ります。
神に対して「私は掟を守っています」と胸をはっていいきれる生き方は素晴らしいと思いますが、神の求めておられる事がそれ以上の義だとすれば、決して胸を張る事はできません。むしろ「私にはそれだけの愛はないのです」と神の前にひれ伏す方が、主が求めておられることに近いのではないかと思います。

聖書要約
続けてヨブは語ります。
「私は情欲の目で女性を見たりしない。淫らなことを行ったら神が裁かれるではないか。また私はうそをついたり人を欺いたりした事はない。神に潔白を知ってもらいたい。また欲張ったこともない。もしそんなことをしたら子孫を根絶やしにされても構わない。姦淫したこともない。それは恥ずべきことだ。また奴隷の権利を無視したこともない。神は私を作り、奴隷も同じようにお造りになったのだから。貧しい人や孤児、未亡人をたすけなかったことは決してない。もしあるなら腕が肩から抜け落ちても構わない。また富に頼ったこともない。富によって自分が優れているなんてことはないのだから。偶像を拝んだこともない。天の神を否定することになるのだから。敵が苦しむのを喜ぶこともない。旅人を野宿させるようなことはしたことがない。アダムのように自分の罪を隠そうとしたこともない。畑を乱用したことも小作人の収穫を奪い取ったこともない。」このようにヨブは語りつくしたのでした。

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