伝道者の書3章 神は人を畏れ敬うように定められた


「人が神の御前で恐れるようになるため、神はそのようにされたのだ。」伝道者の書3:14

助産師永原のちょっと一言
すべてのことにはこと。神の与えてくださることを喜び、満足すること。神を畏れる心を持つこと。正義がすたれた時代にあっても、神に忠実に生きること。決して自分が優れていると思うことがないように。動物も含めすべての命は神から出たものですから、動物たちも共に生きることを考えなければならないこと。すなわち天の下のことはすべて神のご支配のもとにあることを理解したいと思います。

聖書要約
何事にも時があります。生まれる時、死ぬ時。植える時、植えたものを抜く時。殺す時、癒す時。破壊する時、建てる時。泣く時、笑う時。嘆く時、踊る時。石を放つ時、石を集める時、抱擁の時、抱擁を遠ざける時。求める時、失う時。保つ時、放つ時。裂く時、縫う時。愛する時、憎む時。戦いの時、平和の時。
人が一生懸命働いても何の利益があるというのでしょう。
神はすべてのことに対して、ちょうどよい時を与えられました。また神は人に永遠を思う心を与えられました。しかし、人は神のなさることを最初から終わりまで見ることはできません。
このようなことから私が得た人間にとっての幸福とは、第一に喜んで一生を送ること。第二に食べたり飲んだりできることを満足すること。なぜならそれらは神が与えてくださったものだからです。
また次のことも知りました。神のなさることは完全ですから、私たちが付け加えたり、取り除いたりしてはいけないということです。そして人間が神を畏れ敬うように願っておられます。
今あることはかつてあったことです。神は昔あったことを再び実現しようとされています。
また正義がすたれ、裁きの場も正義が通らない時代にあって、神がすべてを裁かれる日がきっと来るでしょう。
神がこのような世界をそのままにされるのは、人間を試しておられるのです。動物も人間も変わらないことを人間に悟らせるためなのです。人間も動物もひとしく生まれ、そして死んでいきます。人間の霊が上へ、動物の霊が地の下へ降ると、誰が言えるでしょうか。人間にとって幸福とは自分に与えられた生きがいを見つけることだと悟りました。