伝道者の書7章 生きているうちに自分の死を考えよ


「祝宴の家に行くよりは、喪中の家に行くほうがよい。」伝道者の書7:2

助産師永原のちょっと一言
28節にある女性蔑視とも取れる女性観は伝道者(コヘレト)の経験からでた女性観であり、創世記に書かれている女性観とは違います。創世記には男女は対等に向き合う存在であり、助け合う存在であり、決して女性が男性に劣るものとは書かれていません。ソロモンは正室側室合わせて何百人もいたと言われています。その中にソロモンを唸らせるような賢い女性がいなかったのでしょうか。男性とは違う女性が持つ特質を生かした(個性はありますが)賢さが光る女性でありたいと思います。生きている間に自分の死を考えることや、時が来ていないのに死んではいけないという言葉には重みを感じます。

聖書要約
名声は香油にまさる。死ぬ日は生まれた日より大切です。宴会に行くより葬儀に列席する方が自分のためになります。そこにはそれぞれの終わり方を学ぶことが出来るからです。生きているうちに死について考えなさい。悲しみは笑いに勝っています。悲しみは心を清くすることが出来ます。賢い人は死について考えますが、愚か者はどうしたら愉快に暮らせるかだけを考えます。賢い人から叱責を受ける方が、愚か者から褒められるよりいいです。愚か者のお世辞は火にくべた紙きれのようなもので何の役にもたちません。
賢い人でも虐げられたら平常心ではおれないし、賄賂をもらえば理性を失います。事の終わりは始まりよりも大切です。忍耐は高慢よりいい。短気は愚か者の証拠です。昔の方が良かったと思うのは賢い問いではありません。賢くなることは金持ちになるのと同じくらい価値あることです。しかしその人に命を与えることの出来る知恵の方が優れている。
神のみ業を見なさい。神のなさることに反することはできません。順境の時には感謝し、逆境の時には思い通りにならないことを人が知るために神はどちらも与えられることを知りなさい。
私は空しい人生の日々を見てきて知ったことは 善人が滅びて、悪人が長生きすることもあります。善人すぎるのも、悪人すぎるのもよくありません。極端に走って自滅することがないように。自分の終わりの時が来ていないのに自殺してはいけません。任せられたことはやり遂げなさい。神を畏れていれば成し遂げることが出来ます。知恵ある人は町の権力者10人よりも力があります。しかし罪を犯さない者は一人もこの世にはいないのですから、人の言うことをいちいち気にしていてはいけません。
私は賢くなろうと出来るだけのことをしてみましたが、それは無理なことでした。
分かったことは死よりも大きな苦痛を与えるのが売春婦ということ。彼女を免れることが出来るのは神の守りがあるからです。
また分かったことは、知恵ある女性は一人として見いだせなかったということです。
さらに分かったことは神は人を正しい者に造られたのに、人は神に背を向けて罪を犯したがるということです。