イザヤ書38章 死ぬことになっている


「あなたは死ぬことになっていて、命はないのだから、家族に遺言をしなさい」38:1

くぅ~ママのちょっと一言
死を告げられたヒゼキヤ王の祈りは信仰を守り通したヒゼキヤ王の信仰告白でした。それに対して主は延命を約束されます。最後のイチジクを患部に当てるところと、しるしを求めるところは本来イザヤが主から延命の預言を与えられた所(6節と7節の間)に記されるべき内容ですが、なぜか章の最後に来ているとのことです。
もし私自身がヒゼキヤならどう祈るでしょうか。「主よ、私がこの地上でなすべきご用はもうないのでしょうか」と祈るのではないかと思います。この命を終えるときはきっとこの地上での用が終わった時でしょうから。でもその後すぐに「今度は天国でどんな神様のご用があるんでしょうか」とわくわくしながら聞きたいと思います。

聖書要約
ヒゼキヤ王の病気
アッシリアの事件の少し前のことですが、ヒゼキヤ王は重い病気に罹りました。預言者イザヤは神の言葉を告げました。「あなたは治る見込みがないから身辺整理をしておくように」と。ヒゼキヤ王は顔を壁に向け、泣きながら祈りました。「ああ、主よ、私はあなたに真実を尽くして、あなたに従ってきたことをご存じでしょう」と。主はその祈りお聞きになり、イザヤに告げました。「ヒゼキヤ、あなたの命を15年延ばしましょう。アッシリアの手からあなたとこの都を救い出しましょう」と。そのしるしとして日時計の目盛を10度あともどりさせます。そして主はその通りなさいました。病気が治ったヒゼキヤ王はこの経験を詩にしました。
「私は人生半ばにしていっさいをあきらめなければならないのかと思った。命ある者の地で主を見ることもなくなり、私の命は消えていく。ライオンに引き裂かれるように苦しみ、鳩のように呻く。天を仰いで『主よ、助けてください』と言ったものの、このことをなさったのも主なのです。主が近くにいてくだされば、人は生き続けることが出来ます。どうか私を生かしてください。私が受けた苦しみは私があなたの愛を深く知るためでした。私が罪を赦して下さったことを知るためでした。生きていて主を賛美したいです。そしてあなたを次の世代に語り伝えたいです。あなたがわたし命を救って下さった感謝の音楽を私の命の限り神殿で奏でます」イザヤがいちじくを患部に当てると、王は回復しました。ヒゼキヤは「私が神殿に上れることを示すしるしは何か」と尋ねました。