エレミヤ書2章 頼るべきは主


「主はお前が頼りにしているものを退けられる。彼らに頼ろうとしても成功するはずがない。」2:37

くぅ~ママのちょっと一言
エレミヤの召命に引き続き、神からの言葉が告げられます。イスラエルの神への背信が明らかにされ、これから起こるイスラエルの悲惨さが語られています。それは頼るべき相手を間違えたからでした。
このことを人々に大声で知らせることがエレミヤの使命でした。しかしそのメッセージの中には主に立ち返るようにという神の愛が散りばめられています。私たちにとってもこの主の愛に応答することがすなわち人生の意味なのだと思うのです。

聖書要約
主の言葉がエレミヤに臨みました。「出かけて行ってエルサレムの町の通りで次のように大声で語りなさい」と。「ずーっと昔、神がモーセを通してイスラエルの国とシナイ山で契約を結んだ頃は従順であった。イスラエルは主に捧げられたものであり、それを脅かす者は主に罰せられた。しかしイスラエルの民は主を捨ててしまった。エジプトの奴隷の力導き出され、荒野の旅を守られ、豊かな地カナンに導かれたのに、民は神を取り替え、偶像の神を信じるようになってしまった。栄光を捨て、助けにならない物を信じたのだ。民は二つの罪を犯した。それは命の水である神を捨て、水をためることもできない壊れた水ためを作ったのだ。イスラエルの民は奴隷の民になってしまった。エルサレムを周囲の国が攻めてくる。それは民が神の導きを退け、反抗したからだ。エジプトやアッシリアと手を組んでどんないいことがあると言うのだ。神に刃向かうことがどんな恐ろしいことであるかを知るようになるだろう。あなたたちはとおの昔に私から離れ、偶像の神に深々と頭を下げた。私は確かな種としてあなたを植えたのに、これほど堕落した人間になってしまった。石鹸と灰汁を使っても洗い流せないほど罪の汚れがこびりついている。
あなた方はバアルを慕う。彼らは地に向かって私の父母と呼び、神である私には知らん顔。しかし災難に逢えば、私に救ってくれと祈る。あなた方の神々は沢山あるじゃあないか。
なぜ私と争い続けるのか。「迷い出たからにはあなたの元には帰れません。」という。花嫁が晴れ着の帯を忘れることがあろうか。しかし私の民は私を忘れて長い月日が過ぎた。
あなた方は巧みに罪を犯し、裾には罪のない人の血が染みついている。それにも関わらず「私には罪ががない」という。あくまでもそういうのなら、私はあなた方を厳しく罰する。エジプトやアッシリアに頼ってもあなた方見捨てられる。そして捕虜の民となって連れて行かれる。それらの物に頼ってもうまくいくはずがない。