詩編83編 主の宮の門番であることを選ぶ


「主に逆らう者の天幕で長らえるよりは、わたしは神の家の門口に立っているのを選びます」84:11

くぅ~ママのちょっと一言
神殿を慕って歌われています。おそらく捕囚のバビロンの地からエルサレムを慕って歌われたものだろうとのこと。
主に従い、主の宮に招きいれられることがどれほど素晴らしいことかが繰り返し歌われています。神殿で過ごす一日は千日にも優ると、また悪の家で憩うより、神の宮の門番を選ぶ方が幸いと詩人は言い切ります。
主に招かれてクリスチャンとして歩む者も主に覚えられ、主の宮にいることができる幸いをもっと喜びたいと思うのです。

聖書要約
天の神様、あなたのおられる所はなんと素晴らしいことでしょう。神殿の庭に入り、あなたのそば近くにおれることを夢にまで見ている私です。鳥やつばめが祭壇に巣を作るように、わたしもあなたの家に住み、讃美しながら暮らすことができたらなんと幸いなことでしょう。
神に従って生きることの幸いを見出している人はたとえ嘆きの谷を通る時も祝福の湧き出る泉となるでしょう。そのような者はついにはシオンにおいて神のみ顔を拝することができるでしょう。ああ神様、私の祈りをお聞きください。あなたが油を注いでお立てくださった王を哀れんでください。あなたの神殿で過ごす一日は千日に優る恵みです。悪の宮で住むよりは神の家の門番であることを選びます。神様は恵みと栄光を下さる方、良い者を出し惜しみされる方ではありません。天の神様にたよる人は幸いです。