詩編90編 いのちの主権は神の手に


「生涯の日々を正しく数えるように教えてください。」90:12

くぅ~ママのちょっと一言
90編はモーセの祈りとなっていますが、モーセを偲んで歌われた歌との事。モーセはイスラエルの民を奴隷の地エジプトから神が約束された地カナンに導いた大指導者です。しかしカナンを目前にして、ピスガの山頂に立たされたモーセは「あなたはそこに渡っていく事はできない」と主から言われます。そして主の命令によってモアブの地で最期を迎えます。3節の「人の子よ、帰れ」という言葉はなんと主権に満ちた言葉だろうと思います。命の主である神様が肉体の命を終えて天に帰ってきなさいといわれるのです。モーセのように目的半ば、いや目前にしていても主から「帰れ」といわれたら、天に帰らなければなりません。むごいようにも思いますが、主に従い続けた人生ならば、その主に「よく頑張った。もういい。帰っておいで」と言われることほど嬉しい事はないように思うのです。

聖書要約
モーセの祈り
神様のふところは私たちがいついつまでも安住するところです。大地や山々が生まれる前からあなたは神であられました。
あなたは「人の子よ、帰れ」とおっしゃる方です。千年も昔のことでも神様にとっては昨日のようなものです。すべての事は一夜の夢のように過ぎ去るのです。朝には青々と茂っている草も夕べには刈られてしおれる草に似ています。私たちはあなたの怒りによって死ぬべき存在。私たちの罪はあなたによって白日にさらされます。人生70年、中には80年まで生きる人もいるでしょうが、労苦とむなしさの日々に過ぎず、それも瞬く間にすぎていきます。誰が神を畏れることを知っているでしょうか。どうか私たちに正しい日の過ごし方をお教えください。
神様お怒りにならずに、恵みを与えてください。災いの日を幸いの日としてください。もう一度あなたの奇跡を見せてください。子どもたちにもあなたのご栄光を見せてやってください。どうか私たちのすることがあなたの目に適い成功させてくださるように。

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