詩編130編 見張りが朝を待つにもまして主を待ち望む


「わたしの魂は主を待ち望みます。見張りが朝を待つにもまして」130:6

くぅ~ママのちょっと一言
詩篇130編は宗教改革者ルターが「パウロ的詩篇」と言って愛読したといわれています。メソジストの創始者であるジョンウエスレーもこの130編によって回心に導かれたとのこと。「深い淵」とは絶望の状態を表していますが、そこから主を呼び求め、主を待ち望むことができると詩人は歌います。その思いは見張りが朝を待つ以上なのです。そして主が必ず赦してくださり、祝福を与えてくださると信じる者にはたとえ、深い淵に立たされていようとも希望を失うことがないのです。詩篇の中にある7つの悔い改めの一つです。

聖書要約
私は深い淵の底からあなたを呼びます。どうか私の訴えをお聞きください。
もし神さまが私たちの罪を心に留められるのなら、誰もその罪の重みに耐えることが出来ません。しかしあなたは赦してくださる方です。だから私はみ助けを期待して私は待っているのです。見張りが朝を待つ以上に。イスラエルよ、神を信じて希望を持って待ちなさい。神様は恵み深く親切で私たちを豊かに祝福を与えてくださいます。そしてすべての罪を贖ってくださいます。