マタイによる福音書12章 何にも勝る 愛のわざ


「人の子は安息日の主です。」マタイ12:8

くぅ~ママのちょっと一言
形式的に神さまに近づく時代は終わりました。神の国がすでに到来しているのです。ですから愛なる神さまが何をお望みかを理解して大胆に行動すればいいのです。イスラエルの民は神殿礼拝を重んじてきたように、神殿よりも偉大なイエスに従っていけばよいのです。
また決して聖霊の働きを汚してはいけません。主なる神の働きを決して邪魔してはいけないのです。

聖書要約
安息日に麦の穂を積む
ある安息日にイエス一行が麦畑を通られた時、弟子たちは空腹になったので麦の穂を摘んで食べました。それを見たファリサイ派の人々が「安息日にしてはいけないことをしている」と、抗議しました。しかしイエスは「サウル王に追われたダビデは、安息日に祭司だけが食べることが出来るパンを与えてもらい食べた。また祭司は安息日のきまりを破っても罪にならないと律法に書かれていることを知らないのか。もしあなた方が『わたしが求めるものは憐れみであっていけにえでない』という言葉の意味を知っていれば、罪なき人をとがめることはないはず。安息日が絶対なのではなく、安息日といえども天から来たわたしの支配下にあるのです」
手の萎えた人をいやす
人々はイエスを訴えようとして「安息日に病気を治すのは律法に違反でしょうか」と尋ねた。イエスは「安息日に羊が穴に落ちたとしたら、放ってはおかないでしょう。人の値打ちは羊に勝ります。」と言われ、片手が萎た人に「手を伸ばしなさい」と言われました。その人がその通りにすると手はすっかり良くなりました。ファリサイ派の人々はイエスを殺そうと陰謀をめぐらしました。
神が選んだ僕
イエスは群衆の病をみな治され、言い広めないようにと注意されました。それはイザヤの預言通りのことです。「彼はわたしのしもべ。私の愛する子。私は彼にわたしの霊を授ける。彼は異邦人に正義を知らせる。彼は争わず、弱い者を踏み倒さず、どんな小さな望みも消さない。彼こそ全世界の希望となる」
ベルゼブル戦争
イエスは悪霊に取りつかれている人をいやしました。人々は「この方はメシアだろうか」と言いましたが、ファリサイ派の人々は「悪霊の頭ベルゼブルの力で悪霊を追い出している」と言いました。イエスは「サタンが内輪もめするようなことはしない。わたしが神の力で悪霊を追い出しているのなら、神の国はもうあなたたちの所に来ているのだ。わたしをどんなに悪く言っても赦されるが、明らかに神の働きを悪霊に帰すような、聖霊に逆らう冒涜は永遠に赦されない」と言われました。
木とその実
木の良し悪しはその実で見分けます。自分の発する言葉によって正しい者と認められるか、有罪となるかどちらかです。
人々はしるしを欲しがる
律法学者とファリサイ派の人々は「あなたがメシアならしるしを見せてほしい」と言いました。イエスは「あなた方に与えられるしるしは3日間魚の腹の中にいたヨナのことだけです。ヨナの言葉で悔い改めたニネベの人々は、ヨナ以上の偉大な人の言葉を聞いて悔い改めないあなた方のことを罰します。
汚れた霊が戻ってくる
悔い改めてイエスの清めにあずかっても、イエスを心に向かえない限り、また悪の支配をうけることになります。
イエス母、兄弟
イエスに母と兄弟が会いに来たと知らせを受けたイエスは「天におられる父に従うものは誰でも、わたしの母であり、兄弟です」と言われました。