出エジプト記16章 天よりの恵みの食べ物「マナ」

「「これはがあなたがたに食物として下さったパンだ。」出エジプト16:15

助産師永原のちょっと一言
なぜ「マナ助産院」と名付けたのですか~とよく聞かれます。出エジプトのこの箇所からつけているのです。私は時に実習生などにはヨセフ物語から説明することもあります。このマナによって、毎日主の恵によって生かされていることを確認し、明日の事は主が備えてくださることを確信できるのです。生まれたばかりの赤ちゃんはママの胸で自分でおっぱいを見つけます。口を開けて一生懸命飲もうとする赤ちゃんに、「これはなんだ?」って、思わず話しかけます。おっぱいも神からの恵の食べ物そのものですから。

聖書要約
マナ
イスラエルの民はエリムを出発してシナイの方向に旅をして、シンの荒野に着きました。エジプトを出発してちょうど1ヶ月が経ち、2月の15日の事でした。イスラエルの民はモーセとアロンに今度は食べ物の事で不平を言ったのです。主はそれに対して、夕方にはうずら(鳥)を、朝にはマナ〈甘いパンのような食べ物)を与えられたのです。マナの意味は「これはなんだ?」という意味で、朝ごとに降ってきた主からの恵の食べ物です。毎朝ごとに1人につき1オメルが与えられたのです。多く取った者も、少なく取った者も、計ってみると、ちょうど必要な量だけありました。また明日の朝まで残しておいてはいけないと主から命じられていました。主の言葉に反して翌朝まで残しておくと、それは虫がついて臭くなっていました。また週の7日目だけは違いました。前日の6日目にはいつもの倍の量のマナが与えられて、それを料理して取っておいても、虫もつかず、臭くもなりませんでした。7日目の安息には主を覚える日としてテントの中で過ごして、一切の作業を休むように、主がされたのです。しかし7日目にもマナを探しに出た者がありますが、何も見つける事はで来ませんでした。
主はモーセに命じて、このマナ、1オメルを壷に入れて神がエジプトから導き出してくださった記念として残しておくようにされました。それは荒野でどのような食物を与えてくださったかを後の時代の人々に伝える為です。このマナの入った壷は神の箱の前に置かれました。