レビ記17章 「献げ物をする場所」

「それをに献げようと会見の天幕の入り口に持って来ないなら、そのような者は自分の民から断ち切られる。」レビ記17:9

助産師永原のちょっと一言
17章から26章は神聖法集と呼ばれ、2つのことが書かれています。
この法に違反したら、「イスラエルの民から断たれる」と繰り返し神は言われます。神はイスラエルの民に十戒を与え、守れば祝福を与えると約束(旧約)されたのですから、神の祝福を受ける条件は、まずイスラエルの民の中にいるということですが、そこから断たれるという事は祝福からもれるということになります。イスラエルの民のアイデンティティは「神の民」ということであり、「あなたたちは聖なる者となりなさい」のみ言葉に生きることでした。
私たちクリスチャンのアイデンティティも同様に「神の民」「神の祝福に入れられた者」ということですが、私たちに与えられているのは「戒め」ではなく「神からの愛」です。「神はその独り子をお与えになったほど世を愛された。独り子を信じる者が一人も滅びないで、永遠の命を得るためである」(ヨハネ3:16)イエスキリストが十字架にお架かりになることで示された私たちへの愛を動機として生きているのがクリスチャンです。

聖書要約
神聖法集

​献げ物をささげる場所
主はモーセに、アロンとその子ら及びイスラエルのすべての人々に告げるように言われました。
動物の屠殺は幕屋の前(聖所)で行わなければなりません。そこ以外の場所で屠殺した場合は殺害者と見なされます。以前は食事のための動物を野外で屠っていましたが、これからはすべて祭司のもとに連れてきて屠ってもらい、血を祭壇に注ぎ、脂肪を焼いて香りを主に献げ、その残りの肉を祭司と献げた者が食べることが出来ます。山羊の魔神(エジプトで礼拝していた山羊の偶像)に二度と献げてはならないと定められました。もしそれを犯したときは民から断たれます。
​血を飲むな
血を食べる者も民から断たれます。血の中に命があるからです。食用となる動物や鳥を捕獲したら、血を注ぎ出して土で覆います。死んだ動物や野獣に殺された動物を食べたものは(除血していないので)衣服を洗い、体を洗って清められなければなりませんでした。