サムエル記第一5章 神の箱を奪ったペリシテ人

「ペリシテ人は神の箱を奪って、エベン・エゼルからアシュドデまで運んで来た。」サムエル記第一5:1

助産師永原のちょっと一言
ダゴンは魚神とも穀物神とも言われおり、大漁や五穀豊穣を民にもたらしてくれる神とされています。このようなご利益の神といえばその他にも、商売繁盛や家内安全、合格祈願、交通安全など沢山あります。日本人も自分の願いをかなえてくれる神々を拝む多神教の文化を持っています。だからお守りをもらったら何か得をしたような気分になります。きっとアシュドドの人々も神の箱を安置して何かいいことがあるだろうと期待したことでしょう。しかし真の神は人の都合に合わせて存在されるのではありません。アシュドドの人々は神から利益をもらうどころか、神の裁きを経験することになります。
もちろん、キリスト教の神も信じたことによって幸いを与えてくださいます。イエスさまに網を降ろしてみなさいと言われたペテロが網を降ろすことで大漁を経験します。ザーカイもイエス様に出会って従ったことで喜びの人生を手にすることができました。しかし主が私たちに求められている本質は主からの祝福を頂いて喜ぶだけでなく、その後の生き方を方向転換し、主に従って生きることなのです。それは聖書の教えに従って生きようとすることであり、またイエスさまを信じることで自分と神との執り成しを求めて生きることなのです。

聖書要約
ペリシテ人は神の箱をイスラエルから奪い取って、アシュドドのダゴンの神殿に運び、ダゴン像の側に置きました。ところが翌朝、神の箱の前にダゴンがうつ伏せで倒れていたのです。ダゴン像を元の場所に置いたのに、次の朝にはまた同じようにうつ伏せに倒れており、そればかりか頭と両手は切り取られていました。その上、人々にはれ物が広まったのです。そこで神の箱はガドに移されることになりました。しかしガドでも同様にはれ物が広まりました。次に移されたところはエクロンでしたが、エクロンの人々は恐怖におののきました。沢山の人が死に、死を免れた人もはれ物で苦しめられたのです。そのようなことが起り、神の箱はイスラエルに送り返すことになったのです。