サムエル記第一6章 偶然なのか、み手の働きなのか

「雌牛は、ベテ・シェメシュへの道、一本の大路をまっすぐに進んだ。」サムエル記第一6:12

助産師永原のちょっと一言
ペリシテを襲った災いが偶然なのか神の裁きなのか見るために乳を飲ませている雌牛が使われます。通常雌牛は子牛のいる方に行くでしょうが、2頭の雌牛は主の箱をあるべき所に運ぶ為にまっすぐイスラエルに向かったのでした。それは超自然的な力が加わっていることを表します。そしてその時「歩きながら泣いた」と聖書に書かれていますが、ある訳では「嬉しそうに泣きながら」となっているそうです。子牛を置いていく母の悲しみではなく、主の用をすることを喜んでいる声とも読み取れます。置いてきた子牛はきっと主が養ってくださるでしょう。主に用いられることは喜びなのです。

聖書要約
神の箱の帰還

7ヶ月の間ペリシテの地にあった神の箱はイスラエルに返されることになりました。その返す方法をペリシテの祭司や占い師は次のように言いました。「神の箱を送り返すに当たって賠償の贈り物として金ではれ物の模型とねずみをペリシテの領土の数に従って5つずつ作りなさい。そしてペリシテを襲った災難が偶然のことなのか、主の裁きなのかを見るために、乳を飲ませている雌牛2頭を子牛から引き離して、主の箱と贈り物を載せた荷車を引かせなさい」と。もし子牛の方に行くなら偶然の災難だったということなのですが、雌牛はベト シュメシュ(イスラエル領土)にまっすぐ進んでいったのです。神の箱が戻ってきたことを見たベトシュメシュの人々は喜び、焼き尽くす献げ物や他のいけにえを献げたのでした。しかしベトシュメシュの人々は神の箱をのぞいたので、5万の内70人が神に打たれました。人々は神の箱を畏れ、ギルヤト・エアリムに使者を送って主の箱を取りに来てほしいと頼みました。