サムエル記第一18章 主はダビデと共に

サウルはダビデを恐れた。それは、がダビデとともにおられ、サウルを離れ去られたからである。」サムエル記第一18:12

助産師永原のちょっと一言
神が共におられるダビデは何をしてもうまくいきます。一方サウルは神から裁きを受けて悪霊に心がうばわれるようになってしまったので、考えることや行動は失敗に終わるばかりか民からの信頼もなくなっていきました。WHO世界保健機関では健康の定義を身体的、精神的、社会的、霊的の4つの要素をあげていますが、霊的な健康は神との正しい関係を築くことから得られます。しかしながら、私たちの心の中には人を憎んだり、隣人を愛せないという罪があり本来なら神から裁かれる存在なのです。しかし新約に生きる私たちは、十字架の贖いを信じることでその罪が赦され、神の愛の中で生きることができます。神から呪われる存在であったり、神から見離される存在だったものが神の領域の中で、神の子どもとして生きることができるのです。

聖書要約
ダビデに対するサウルの敵意
ダビデがサウル王と話し終えたあと、ヨナタンに紹介されました。二人はすぐに仲良しになり、ヨナタンは自分の王子の服や武具をダビデに上げたほどでした。サウルもダビデを家に帰しませんでした。そしてダビデはサウロの期待通り働き、軍の指揮官に任命されました。戦いは勝利に継ぐ勝利で、凱旋すれば女性達がタンバリンやシンバルを打ち鳴らしながら出迎えます。しかし女性達が「サウルは千を討ち、ダビデは万を討った」と歌っているのをサウルは知り、その日からサウルはダビデを憎むようになります。
 またもや神から使わされた悪霊がサウルを襲いかかりました。そのような王の心を鎮めようとダビデは竪琴を弾くのでしたが、そのダビデに対して王は2度も槍を投げて殺そうとしたのです。サウルはダビデを千人隊長に格下げしたのですが、ダビデは何をしても成功し、益々人々の注目を集めるのでした。
サウルはダビデが戦死することを願って、娘メラブと結婚させてもいいと言い、ダビデに勇敢に戦うことを要求しました。しかしメラブは他の男性と結婚させてしまいました。しかし末娘のミカルがダビデに好意を寄せていることがわかり、ダビデに今度はミカルと結婚させてやってもいいと言います。そして王は妻を迎えるための支度金の代わりにペリシテ人の100人分の包皮を要求しました。やはりダビデの戦死を願ってのことでした。しかしダビデは何日もしないうちに200人の包皮を持って帰ってきたのです。神がダビデと共におられたので、華々しい戦果を上げたのです。そして民の信望を得ていきました。