列王記上12章 ヤロブアムの罪


「自らの祭壇に上って香をたいた」12:33

くぅ~ママのちょっと一言
ソロモンの侵した罪によってダビデ王朝の子孫は神の祝福を受けることができなくなってしまっていました。新しく王になったレハブアムが自分の大きく見せることによって、かえって民の心は離れてしまったのです。しかしヤロブアムも主の道を歩めば祝福されると預言されていたにも関わらず、偶像礼拝の罪に陥ってしまいます。これがその後「ヤロブアムの道」と言われる主に背く姿なのです。
こうして歴史を見てみると、主の言葉に従うだけで主から祝福を受けることができるのに、なぜこんなに簡単なことができなかったのだろうと思います。しかし現代の私たちにも同じことが言えると思います。どうしたら主から祝福を受けることができるかは明らかにされています。それは主を信じ、主を礼拝し、聖書の言葉に忠実に歩むこと。そしてイエスキリストの十字架の愛の下で生きることです。それがなかなかできない現代人の姿はレハブアムやヤロブアムと大きな違いはないのかもしれません。

聖書要約
王国の分裂
レハブアムの即位式にイスラエルの人々は集まりました。エジプトに亡命していたヤロブアムも帰って来て、新しい王にイスラエルの民の要求を差し出しました。それは「あなたの父が課した過酷な労働を軽くしてくれるなら、私たちはあなたに仕えます」と言うものでした。レハブアムは「3日後に答えを出そう」と、民を帰らせました。その間レハブアムはソロモン王に仕えていた長老に意見を求めると、「優しい言葉をかけることで民は新しい王に仕えるでしょう」と言いました。レハブアムは自分と同世代の者達にも意見を求めました。すると彼らは「私は父より権力がある。だから父が課したものよりもっと重い負担を強いる」と言いました。王はそちらの意見を取り入れたのです。その結果イスラエルの人々は「私たち10部族はダビデ王家に用はない。レハブアム王はユダだけの王になればいい」とそれぞれの天幕に帰ってしまいました。しかしレハブアムはイスラエルから労働力を集めようとアドラムを派遣しましたが、イスラエルの人々は言うことを聞くどころか、アドラムは殺されてしまいます。同行していた王はやっとの思いでエルサレムに逃げ帰りました。その後イスラエルの人たちはヤロブアムを王に擁立して国家を作りました。ユダ族(とベニヤミン族)だけはダビデ王朝に仕えたのです。レハブアムはユダとベニヤミン族からえり抜きの兵士を募り、特別攻撃隊を整えてイスラエルを攻撃しようとしましたが、預言者シャマヤに「戦いを挑むな」との主の言葉が臨んだので、戦う事はしませんでした。
一方ヤロブアムはイスラエルの民がいけにえを献げにエルサレムの神殿に上って行くことによって彼らの心がレハブアムに移るといけないと考えて、金の子牛2体を作り、ベテルとダンに高台を作りそこに置きました。ヤロブアムはレビ人でない人から祭司を任命し、彼は勝手に8月に祭りを定め、自ら祭壇に上って香をたいたのです。