列王記上14章 レハブアムの罪


「彼の母の名はナアマといい、アンモン人であった。」列王記第一14:31

助産師永原のちょっと一言
ソロモンの死後分裂した北王国イスラエルと南王国ユダの様子が書かれています。どちらも主から離れていったことが書かれています。南王国ユダの方の記事には、レハブアムの母がアンモン人であったことが2度も書かれています。聖書は女性の名まえが記されることも珍しいことなので、読んでいて不思議な気がします。ナアマはソロモンの外国人の妻の一人でした。レハブアムがカナン的な異教の文化を取り入れていったのはこの母の影響です。そのことを聖書は強調しているように思います。
現代の日本でも男性中心の社会であり、国家や社会を動かしているのは男性ではありますが、実はその妻やその母の影響がないとは言えません。いやすべての人は母から生まれ、女性の手で育てられることがほとんどです。と言う事は男性中心の社会とは見せ掛けで女性が社会を動かしているのかもしれません。レハブアムの母は国を悪へと導いてしまいましたが、今子育てしているすべての母たちが、人と人とが仲良く暮らし、分かち合い、平和な国を作ることを願い、なによりも主を畏れる心を子どもに教えることができたら、次代は変わる!そんな思いがするのです。世の中を変えることができるのは女性なのかもしれません。

聖書要約
ヤロブアムの子の病死
ヤロブアムの子どもが病気になりました。ヤロブアムは妻に変装させて、自分が王になると預言してくれたシロの預言者アヒヤの所に子どもの病気がどうなるかを聞くために送り出しました。
アヒヤは主から前もってこの事についてお告げを頂いていました。主はこう言われたのです。「お前の子どもは死ぬ。わたしはおまえを選んでイスラエルの王とした。ところがおまえは金の子牛をつくり、他の神々を拝して、これまでのどの王より悪を行った。だからいずれお前の家族は汚物のように徹底的に拭い去られる。」と。そして神はイスラエルをも捨てると言われたのです。妻が帰ると預言の通り、子どもは死にました。ヤロブアムは22年間国を治めました。その間戦争が耐えませんでした。ヤロブアムが亡くなった後、その子のナダブが王になりました。
ユダの王レハブアム
一方ユダではソロモンの子レハブアムが王となり17年間国を治めました。母はアンモン人でナアマと言いました。ユダの国もイスラエルの国と同様、王が聖なる高台を作り、偶像礼拝や神殿男娼など異教の慣習が広まりました。レハブアムが王になって5年目にはエジプトのシシャク王が攻めてきて神殿と宮殿の宝物を奪っていったのです。レハブアムとヤロブアムの間では戦争が絶えませんでした。やがてレハブアムは死にその子アビヤムが王となりました。