列王記上20章 主の言葉が理解できなかったアハブ王


「こうしてあなたは、わたしこそ主であることを知る」20:13

くぅ~ママのちょっと一言
一国の指導者たる者がこのように浅はかな知恵であったら、国民はなんとあわれなことかを思います。結局、国と国との争いも、人と人とのけんかも所有欲や顕示欲、また自分こそが正しいという自己中心的なものの見方が発端でしょう。そんなことのために大切な人の命が奪われ、国の平和が脅かされ、故郷の自然が破壊されるなんてなんと浅はかなことかと嘆かわしく思います。罪とは人と人とが反目しあうこと、また神を認めず、自己中心に生きることであると聖書は言っています。自分こそが正しい、自分さえよければいいと考えがちな私たちですが、それを改めなければならないのです。とはいえ私たちは他者中心に生きるには限界があることも確かです。そんな私たちのためにキリストは十字架にお架かりになりました。その愛に応える生き方、神中心の生き方をすることが思慮深い生き方なのだと思います。

聖書要約
イスラエルとアラムの戦い
アラムの王ベン・ハダドは32の同盟国の王や軍隊を揃えてサマリアを包囲し、「金銀やあなたの美しい妻子たちを差し出しなさい」と要求しました。アハブ王は「仰せのとおりに致します」と答えたのですが、ハダドはこれだけではなく、「サマリアにある良いものを全て奪う」というのです。困りはてるアハブ王に長老や民達は戦闘を勧めたのです。アハブ王が要求を拒否したと分かると、仮小屋で酒盛りをしていたハダトは直ちに戦闘配置につくように命令を出しました。
そのような時一人の預言者がアハブ王に主の言葉を伝えました。「主はアハブを勝利に導く」と。かくして諸州の若者達232名、イスラエル人7千人を招集し戦いに挑んだのです。結果は主のお言葉どおり、イスラエルの圧勝でした。
ハダト王に家臣たちは「彼らの神は山の神なので、彼らが優勢だったのです。今度は平地で戦おう。」と言いました。このようにして年が改まったころハダトは再び戦う為に上ってきたのです。迎え撃つイスラエルは2つの小さな山羊の群れのように陣を張りました。一方アラム軍はその地に満ちていました。その時また神の人がアハブに言いました。「主はあなたを勝利に導く」と。両軍は7日間対峙していましたが、ついに戦闘の火蓋が切って落とされました。結果は主の言葉通りイスラエルの勝利でした。逃げ回ったハダト王はついに荒布を腰に巻き首に縄をつけてアハブ王の前に降参したのです。命乞いをするハダトにアハブ王は「あなたは私の兄弟です」と許します。ハダトは町々返還などを約束して国へ帰っていったのです。
 そのいきさつを知った預言者は王が神のご命令に従わなかったことを指摘しました。「神が滅ぼすように定められた人物をあなたは手元から逃がしたのだから、あなたのいのちが彼の命の代わりに、またあなたの民が彼の民の代わりに滅ぼされる」と。それを聞いたアハブ王は機嫌をそこねてサマリアに帰って行きました。