歴代誌第一19章 辱めをうけた使節


「彼の家来たちは、この地を調べ、くつがえし、探るために来たのではないでしょうか。」歴代誌第一19:3

助産師永原のちょっと一言
この箇所はサムエル記下21章に並行記事があります。
ダビデの哀悼の意に対して、新しい王の側近は判断を誤りました。側近達の心の内は傲慢であり、その考えはなんと浅はかであったことでしょう。もとよりどんな状況でも人を辱めることがあってはいけません。また人種の違い、貧富の差、男女の差、どんなに立場の違いがあろうとも、特に強い者が弱い者の人格を傷つけるようなことがあっては絶対にいけないのです。もっとも弱い立場の者の人格が尊ばれることが平和を作り出す1歩だと思うのです。

聖書要約
アンモン、アラムとの戦い
アンモンの王が亡くなったとき、ダビデは哀悼の意を示そうと使節を使わしました。ダビデに忠実だった王であったので、その息子に忠実に接しようとダビデは思ったのです。しかし息子である新しい王は側近が「弔問を装って偵察に来たのです」と言ったので、使節の髭をそり落とし、下半身をあらわにするなど散々侮辱して追い返しました。ダビデは人を遣わして屈辱を受けた使節に、「ひげが生え揃うまでエリコにとどまって帰るように」と言葉をかけました。アンモン人はダビデの憎しみをかったことを悟ってアラムなどの諸国から戦車や歩兵を雇い戦闘の準備をしました。
ダビデもヨアブ率いる最強の軍隊を差し向けました。ヨアブは敵が前後にいるのを知り、兵力を二分して一方を弟のアブシャイに指揮させました。そしてお互いに助け合い精一杯戦うことを確認し、さらに「主が良いと思われることを行ってくださるように」と戦いに挑んだのです。しかしヨアブとアブシャイが戦おうとするとアラム軍もアンモン人も逃げてしまったのです。敗北したアラム軍はユーフラテスの向こうにいたアラム軍を出動させましたが、それをダビデ自らが迎え撃ちイスラエル軍が勝利をおさめたのです。その後二度とアラムはアンモン人を助ける事はありませんでした。