エステル記1章 王妃の退位

「王妃のくらいは、より優れた他の女に与える…」1:20

くぅ~ママのちょっと一言
エステル記はペルシャがバビロンを滅ぼした後もまだ多くのユダヤ人が捕囚の地に残っていた時に起った重大な事件について書かれています。これはユダヤ人の解放を祝うプリム祭の起源になった事件でした。物語はペルシャ帝国、クセルクセス王の権力がいかに絶大であったかから始まります。そしてその王妃が退位させられたことがこの事件の発端となります。
バビロンを滅ぼし大帝国を築いたペルシャの王と賢者達が国家の勅令と家庭のことを絡ませて論じられていることや、男性優位の社会にしようとする思惑など、これだけの権力をもつ男性たちにも関わらず、なんと思慮のないことかと思います。しかしこのことが素晴らしい主のご計画の成就へとつながっていきます。

聖書要約
クセルクセス王の酒宴
クセルクセス王はインドからエチオピアまでに及ぶペルシャ帝国の王です。その治世3年目に各地から主だった人たちを招待し盛大な祝宴が催されました。それは6ヶ月も続き、帝国の冨と栄光を広く知らしめたのです。その後7日間要塞の町の全ての住人を招いて祝宴が催されました。豪華絢爛たる室内装飾や贅を尽くした食器、また王室の上等のぶどう酒も飲みたい者には惜しげなく振舞われました。王妃ワシュティもクセルクセス王の宮殿で女性のための酒宴を催していました。
王妃ワシュティも退位
7日目のことです。ぶどう酒で上機嫌になった王は役人に命じて王冠をかぶった王妃を召しだそうとしました。王妃の美しさを列席者に見せようとしたのです。しかし王妃はそれを拒んだのです。王は大変機嫌をそこねて、賢者たちに相談しました。その結果は彼女の反抗を手本にして国中の女達が同様に夫を軽蔑の目で見るようになるといけないので、ワシュティを王の前に出ることを禁じ、代わりにもっとふさわしい女性を王妃として選ぼうということになったのです。早速、それぞれの州の文字または民族ごとにその原語で書かれた勅令が発布されたのでした。それは全ての男子が家の長であり、自分の母国語で話せるようにとの計らいでした。