哀歌4章 誰が信じえたであろう


「わたしたちを苦しめる敵がエルサレムの城門から入るなどと、地上の王の誰が、この世に住む誰が、信じえたであろう。」4:12

くぅ~ママのちょっと一言
かつては輝く都であったエルサレム、主の保護の中で特別に愛されたイスラエルの民の悲惨さがかつての輝きと対照的に書かれています。それは預言者、祭司の罪のためと詩人は言います。主の言葉を取り次ぐ預言者は王や民の耳に心地よい言葉しかいわなかったのです。聖書を手にするクリスチャンも主の言葉を正確に解釈して、人々に正しく主の言葉を伝えると言う役割があるのだと思います。つい自分の都合よく解釈してしまいがちですが、心静めて主の御声に耳を傾けたいと思います。

聖書要約
グッド第四の歌
どうして金がその輝きを失ってしまったのでしょう。黄金に輝く神殿の石は道端に散らばっています。どうして金にも比べられたエルサレムの人々が土くれのように扱われているのでしょう。
山犬ですら子に乳を与えるというのに、エルサレムの娘たちは無慈悲なダチョウのようにわが子の泣き声にも知らん顔。乳飲み子は舌が乾いて上顎につき、子どもたちにパンのかけらも与えることができない。貴族たちも見る影なく塵にまみれている。一瞬に主の裁きを受けて滅んだソドムの町よりも罪の重いエルサレム。上級階級の人々の白い肌も今では皮膚が骨につき枯れ木のようになってしまった。剣で一思いに殺される方が、飢えのためにじわじわ死に追い詰められるよりはるかにましだ。主の憤りは極まり、エルサレムを燃え尽くした。
エルサレムに敵が侵入するとはだれが思ったことでしょう。これはエルサレムの預言者たちや祭司たちの罪のためである。彼らは汚れ、町をさまよう。どこの国に逃れても「汚れた者よ、近づくな」と仲間外れにされる。主はかえり見ては下さらない。同盟国の援助をあてにしても空しいこと。まさに終わりの時が近付いている。主の保護のもとにあるから大丈夫と思われていたエルサレムが滅びるときは近い。ウツに住むエドム人よ、なぜ喜んでいるのですか。あなた方も同じように裁きがきます。イスラエルは他国に移されましたが、悪事の赦される時がもうすぐ来ます。犯した罪はすべて明るみになるのです。