マルコによる福音書11章 葉ばかりのいちじく
「あなたがたが祈り求めるものは何でも、すでに得たと信じなさい。」マルコ11:24
くぅ~ママのちょっと一言
「主がお入用なのです」と引かれてきた小ろばに乗って、イエスはエルサレムに入城されます。小ろばは小さいながらも精一杯足を踏ん張って、胸を張ってイエスをお乗せしたでしょう。私も「主がお入用」とあらば、小ろばのように精一杯働きたいと思います。「今日も小さな者をあなたのご栄光のためにお用いください」これがわたしの毎朝の祈りです。
このエルサレム入城の後、イエス様は人類の救いの完成に向けて、十字架の道をまっしぐらに歩まれます。
いちじくの木の箇所ですが、実るのは夏、過ぎ越しの祭りは春の初め、実がなってなくて当然です。ところがイエスは葉ばかりで実がなっていないと呪われたのです。それはイスラエルの民が口先ばかりで心は神から離れている状態を、葉ばかりのいちじくにたとえられたのでした。翌日、その呪われたいちじくの木が枯れているのを見て驚く弟子達に対して、口先ではなく、微塵も疑うことがない、真の信仰の大切さを解かれました。信じることによって神は不可能を可能にしてくださるのです。
聖書要約
エルサレムに迎えられる
一行はエルサレムの近くまでやってきました。イエスは弟子に村に使いに出し、「誰も乗ったことのない小ろばがつないであるので、それを連れ来なさい」と言われました。そして「もし『なぜそんなことをするのか』と尋ねられたら、『主がお入り用なのです』と言いなさい」と。弟子はイエスが言われ通りにロバを引てきました。ロバの背中にご自分の服をかけて、それにお乗りになりました。人々はイエスが行く道に服を敷いたり、枝を敷いたりしました。そして口々に「ホザナ、主に栄光があるように。いと高き所にホザナ、来るべき国に祝福があるように」と叫びながら従って来ました。イエスはエルサレムに入られましたが、夕暮れになっていたので、ベタニアまで引き返されました。
いちじくの木を呪う
翌日、ベタニアを出たイエスは空腹を覚えられました。見ると葉が茂っているいちじくの木がありました。しかし葉の他は何もありませんでした。いちじくの季節ではなかったのです。イエスは怒っていちじくに向かって、「いつまでも、お前から実を食べることがないように」と言われました。
神殿から商人を追い出す
神殿の境内では、神殿への納税金を換金する両替商や、奉げものの小動物を売る商人達が神殿の為ではなく、自分の私利私欲のために商売をしていました。イエス「祈りの家であるはずの神殿をあなた方は強盗の巣にしてしまったと。」売り買いしている者を追い払われました。
枯れたいちじくの木
翌朝、通りがかりに昨日のあのいちじくが枯れているのを弟子たちは見ました。弟子がイエスにそのことを伝えると、イエスは「形ばかりでなく、心から主を信じなさい。少しも疑わず、自分の言う通りになると信じるならば、そのとおりになります。また与えられます。もし祈っている時だれかを恨んでいたとしたら、まずその人を赦してあげなさい。そうすれば天の父もあなた方のことを赦して下さいます。
権威についての問答
一行が神殿にいる時、宗教家達がやってきて尋ねました。「いったい誰が神殿の商人を追い出す権威を与えたのか」と。イエスは逆にヨハネのことを聞かれました。「ヨハネは神から遣わされたのですか。それとも違うのですか」と。もし宗教家たちがヨハネは天からの者と言えば、ヨハネをなぜ信じなかったのかと言われるし、もしそうではないと言うとヨハネを預言者と思っている群集が怖かったのです。彼らが「分からない」と答えると、イエスも「それならわたしも質問に答えられない」と言われました。