レビ記1章 宥めの献げもの

「これは全焼のささげ物であり、への食物のささげ物、芳ばしい香りである。」レビ記1:17

助産師永原のちょっと一言
イスラエルには祭司の働きをするレビ族がいましたが、このレビ記は彼らが祭司として勤めるためのハンドブックとして書かれたものと言えます。現代のような形になったのは、イスラエルの民がバビロン捕囚から帰還した後とのこと。このようにまとめられた目的の一つは、国家崩壊の危機にあたり、口伝で伝えられてきた法習慣が失われるということが危惧されたこと。二つめは神の戒めは今も有効であり、忠実に守れば、再建国家の土台になるといことがありました。構成としてはⅠ(1から7章)犠牲に関すること。Ⅱ(8から10章)祭司の制度について。Ⅲ(11から16章)汚れとその処置について。Ⅳ(17から26章)神聖法集。Ⅴ(27章)補足です
主要な思想は「聖」ということ。そのモットーは「わたしは聖なる者であるから、あなたたちも聖なる者となりなさい」ということです。またここに書かれている焼き尽くす献げものは汚れた人間と聖なるかみとの交わりを可能にするためのものと考えられます。
現代のわたしたちは私たちの罪のためにいけにえとなられたイエスキリストの十字架の贖いを信じることで罪赦された者となることができます。なんという恵みでしょうか。

聖書要約
焼き尽くす献げ物
主は幕屋から焼き尽くす献げ物についてモーセにお話になりました。
主への献げ物は傷のない雄の牛か羊か山羊または山鳩、家鳩とします。
 牛の場合の献げ方は、まず奉納者が牛を幕屋の入り口に引いてきます。そこで牛の頭に奉納者が手を置きます。これは奉納者の罪をこの牛に移して贖いをするためです。
奉納者は自らいけにえの牛を殺します。祭司はその血を天幕の入り口にある祭壇の四つの側面に振りかけます。奉納者が牛の皮をはぎ、体を各部に分割します。祭司は祭壇に薪を整え、火をつけて各部と頭と脂肪をその上に置きます。奉納者が内臓と四肢を水で洗うと、祭司はそれも祭壇で燃やします。これが焼き尽くす献げ物で、燃やして主に献げる宥めの香りです。
 羊と山羊の場合も牛の場合とほとんど同じですが、屠る場所が牛は主のみ前ということで祭壇の東側、羊と山羊は祭壇の北側で殺します。
 鳥の場合は殺すのは祭司で、血の量が少ないので、そのまま祭壇の側面に搾り出します。餌袋とその中のものは灰捨て場に捨てます。それから翼と胴を引き裂きますが、ばらばらにせず祭壇に置きます。