レビ記21章 「神に属する者」

「また自分の神の名を汚してはならない。」レビ記21:6

助産師永原のちょっと一言
祭司が「聖なる者」として勤めを果たすために守るべきことが書かれています。レビ記の主題は「神が聖なる者であるから、あなた方も聖なるものとなりなさい」ということですが、特に祭司の職にはそのことが求められました。またアロンの家系の中で身体的障がいがある者は神への献げものが出来ませんでした。しかし祭司の取り分を食することができたということですので、祭司の身分は保証されていました。
聖なる者に求められていることを守ることが聖なる者としてのアイデンティテイーを守り抜くことだと思います。クリスチャンもクリスチャンとしてのアイデンティティーは守り抜きたいと思います。それはまずは礼拝を守ることでしょう。しかしこの「日曜日は教会へ」ということが日本の社会では実際難しいことがあります。できることなら自分自身の土台となっている信仰を揺るがしたくない。どうしてもそれが適わない時は、痛みをもって神に赦しを請いたいと思います。

聖書要約
祭司の汚れ
神はモーセにアロンとその子らに告げるように言われました。聖なるわたしの御名を汚すことがないように、聖なる献げ物に細心の注意を払いなさい。すなわち、聖なる献げ物に汚れたまま近づく者は永遠にわたしの前から絶たれます。アロンの子孫で皮膚病や漏出のある者は清くなるまで聖なる献げ物に近づいてはいけません。近親者以外の親戚の死に際しても死人に触れる、頭髪の一部を剃りあげたり、髭の両端をそり落とす、身を傷つける、遊女や離縁された女性との結婚などはしてはいけません。異教の神に仕えるように祭司の娘が遊女となって身を汚した時は焼き殺さなければなりません。
さらに大祭司は髪をほどいたり、衣服をさいて悲しんではいけません。父母の遺体であっても触れてはいけません。また結婚相手は処女でなくてはなりまん。神に献げ物をする者であるから聖なる者でありなさい。またアロンの子孫の内で身体に障がいがある者は神への献げ物をすることは出来ませんでした。しかし祭司の取り分である献げ物を頂く事はできました。