民数記1章 「荒野での人口調査」

イスラエルの全会衆を、氏族ごと、一族ごとに調べ、すべての男子を一人ひとり名を数えて、その頭数を調べよ。」民数記1:2

助産師永原のちょっと一言
民数記のヘブライ語の元々のタイトルは「荒野にて」ということで、内容はエジプトを脱出したイスラエルの民がヨルダン川の東に至るまでの歴史が述べられています。民数記とされたのは、ギリシャ語訳のアリスモイの「数」ということからで、この民数記には2度、神からの命令で人口調査が行われました。1回目はエジプトを出て2年目、出発を前にして、十戒が与えられたシナイ山において(1章)そして2回目は荒野の放浪の旅の最後のモアブにおいて(26章)行われました。イスラエルは12部族ですが、その中でレビ族は兵役につかず、幕屋で主に仕える者として部族の中心的な役割を果たしましたので、数には数えられていません。

数えられた数は成人男子だけで約60万人。子どもや女性を加えて、おおよそ3倍にすると180万人。神戸市の人口より多い数の人たちが荒野を40年間の旅をしました。モーセはその中心となってこれらの人々を約束の地に率いったのです。どのような旅だったのか、これから最終章までの36日間、民数記の旅をご一緒に致しましょう。

聖書要約
人口調査
エジプトを出てから2年目の4月15日、イスラエルの民がシナイ山で宿営していた時に、神がモーセに「戦いにでることができる20歳以上の男の人数を部族に従って調べるように」と命じられました。まずモーセとアロンを助けるために部族ごとに家系の長が指名され、その後部族の数が調べられました。
ルベン族の長はエリツルで、46,500人。
シメオン族の長はシェルミエルで、59,300人。
ユダ族の長はナフションで、74,600人。
イッサカル族の長はネタンエルで、54,400人。
ゼブルン族の長はエリアブで、57,400人。
エフライム族(ヨセフの子)の長はエリシャマで40,500人。
マナセ族(ヨセフの子)の長はガムリエルで、32,200人。
ベニアミン族の長はアビダンで、35,400人。
ダン族の長はアヒエゼルで、62,700人。
アシェル族の長はバグイエルで、41,500人。
ガド族の長はエルヤサフで、45,650人。
ナフタリ族の長はアヒラで、53,400人。合計603,550人でした。
この数にレビ族は含まれていません。レビ族は幕屋の近くに住み、幕屋を管理する役割がありました。他の部族はそれぞれ部隊ごとに旗を立てて、幕屋の周囲に宿営しました。