民数記9章 雲の柱に導かれ

「昼でも夜でも、が上れば旅立った。」民数記9:21

助産師永原のちょっと一言
イスラエルの民は雲の柱、火の柱に従って旅を続けました。この旅の目的はカナンという約束の地に行くことでしたから、雲がとどまり続ける時には、早く旅立ちたいという気持ちになったことでしょう。結局わずか数日で行くことができる場所に40年もの歳月を費やして到達するのです。
私たちの信仰生活も雲の柱、火の柱を道しるべに旅をするようなものです。イスラエルの民のように道しるべを目で見ることは出来ませんが、私たちは礼拝や日々の祈りや聖書の通読(デボーション)、信仰の友の言葉などを通して示されたり、不思議な出来事を通して導かれたりします。そして私たちの目指すカナンは人生の終わりに迎えられる天国でもありますが、日々私の心の只中にある天の国、また私たちの間に作られる天の国を頂くことではないでしょうか。だから目的地へと急ぐ必要はないのです。今日もみ言葉を雲の柱、火の柱として主に導かれたいと思います。

聖書要約
月遅れの過ぎ越しの規定
エジプトを出た翌年の3月(ユダヤ歴では1月)主はモーセに3月28日(1月14日)に、おきてと法に従って過越祭を祝うようにお命じになりました。
ところが死体に触れて身を汚した者は掟に従うと祝うことができませんでした。そこでその場合どうすればよいのかモーセが主に尋ねたところ、一月遅れで祝うようにとのことだったのです。
雲が幕屋を覆う
幕屋が出来た日幕屋は雲ですっぽりと覆われたのです。夕方になると雲は火で燃えたように赤くなり夜通し赤々と輝いていました。民は雲が上ると移動し、雲が留まると、宿営しました。時には何日も雲が留まり続けることがありました。その時は民も留まり続けました。また何日も移動する日もありました。民は主の命じられたように旅を続けたのです。