民数記35章 罪が取り除かれるには

大祭司の死後に、その殺人者は自分の所有地に帰ることができる。」民数記35:28

助産師永原のちょっと一言
殺人を犯した人の処遇について書かれていますが、過失の場合の罪の償い方は逃れの町で暮らすことでした。そしてその罪の執行期間は大祭司が死ぬまでなのです。大祭司の死は人の罪を消すことができるのです。現代において、犯罪は各国における法律に基づいて裁かれるわけですが、その裁きは人間が各国で決めたこの世(肉体)での裁きです。霊的な意味での裁きを考える時に、私たちはどのようにしたら、神の前に罪を償い、また赦されるのでしょうか。それは大祭司なるイエスキリストが私たちの罪を取り除いて下さるために十字架に架かってくださったことを信じることなのです。人を愛せない罪、人をねたむ罪、自己中心の罪、神を信じない罪…これらの罪をもイエスキリストの十字架を信じることによって帳消しにされるのです。

聖書要約
レビの町
土地分配の記事の後、主モーセにはレビ人の土地について仰せになりました。それぞれの部族の所有地からレビ人に幾つかの町と遊牧地を与えますが、人を殺した時の逃れの町6つと42の町、合計48の町と遊牧地がレビに与えられることになりました。
逃れの町
また主はそれぞれの部族のために逃れの町を合計6つ作るように命じられました。それは過って人を殺した者が逃げ込める町です。本来人を故意に殺した場合は死刑、もしくは復讐することも認められていました。但し2以上の証人が必要でした。しかし過失の場合は逃れの町で逃げ込むことができます。そこにいる限り復讐にあうことも死刑になることもありません。大祭司が死ぬまでそこに留まらなければならないのです。保釈金を積んでも大祭司が死ぬまでそこの町を出る事はできませんでした。
これから行く土地をこのようなことで汚してはいけないと主は言われます。